☆新春特別企画☆《満》ちゃんのどーでもいい話~1970・80年代 英国POPミュージック作品集~

皆さん、あけましておめでとうございます。

今年もランニング、ランドネ、スキーなど、よろしくお願いします。

 

さて、2年連続で音楽ネタを書いてきたのですが、さすがに日本語で歌うアーティストはもう知らないし・・・、うーん、こまったこまった・・・。

というわけで、今年の新春特別企画は

『1970、80年代 英国POPミュージックビデオ作品集』でございます。

えーー??何これ―?何じゃこりゃーー??わけわかんねえーー。ですよね??

かつて、ミュージックビデオのエキストラのバイト経験がある、ニセ音楽評論家のワタクシ《満》ちゃんがメラメラと燃える禁断の世界、音楽が熱かった40年前のロンドン・・・、ミュージックビデオワールドに皆さんをご紹介。

うーーん、何ですかねぇ、このネタ・・・・。お正月で日本酒を飲みすぎて頭がイカレタおっさんのたわごと、ということでひとつ、よろしくお願いします。

 

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THE BEATLES 『HELP』

やっぱりトップバッターはこのグループしかありませんよね。

戦争の後、日本にどーーっと洪水のように入ってきたのはアメリカ文化、アメリカ音楽で、1945年から1960年までの15年間、英国人アーティストはほとんどだれも知りませんから、英国のロックの歴史はこのビートルズから始まったといってもいいのではないでしょうか?

ミュージックビデオの元祖はエルビスプレスリーの『監獄ロック』、英国ではビートルズの『HELP』あたりだと言われていますが、どちらも劇場用映画として撮影された作品なんですね。まあ、このあたりから、聞く音楽から見る音楽にだんだん変わってきたわけでございますね。といってもワタクシもビートルズの現役時代を知らないんですけどね。解散してから50年くらいになりますから。

でもジョンレノンが暗殺された夜はなぜかよく覚えておりますね、ワタクシ。リバプール巡礼の旅にも行きました。NYのダコタハウスにも行きましたし。リアルタイムじゃないけど好きでしたね。

しかし、この動画のリンゴスターは何をしているんでしょうか??傘をくるくる回して??

THE BEATLES『HELP』→動画は(こちら

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THE RUBETTES『SUGAR BABAY LOVE』

THE BEY CITY ROLLAS『SATURDAY NIGHT』

1970年代になるとなんとなくミュージックビデオみたいな映像も出てくるのですが、多かったのはTV局のスタジオでファンが参加する公開放送番組ですかねー。まあROCK的には60年代から70年代にかけてブリティッシュロック黄金期が来るのですが、今回はPOPなミュージックビデオのお話ですのでスルーしてパス。

THE RUBETTES、好きでしたねー。このファルセットボイス、こんな声出ませんよ、なかなか。このコミックバンドみたいなリアクションが笑えるよん。

THE RUBETTES『SUGAR BABAY LOVE』→動画は(こちら

ベイシティローラーズなんか聞いてると、この時代すげーバカにされたのだが、そのころ私はかわいらしいボウズ頭の田舎の中学生だったのだが、学生服を着て生徒手帳をポケットに入れてこのグループのコンサートに行ったのよん。(←これはお金を少し借りた母の要求でこうなったのだが、これがいけなかった・・・)

初めは静かに聞いていたのだが、コンサートの終わりごろに泣き叫ぶお姉さまたちに押し出されもみくちゃにされて学生服のボタンはぶっ飛んで破られ、口紅やよだれや涙でべとべとにされ、次の日に学校の教室に入ると『香水こちらくさい』とひんしゅくを買って、『1週間職員室の窓ガラスふき』をさせられた悲しい過去があるのだよ。ああ、恥ずかしい・・・・、死んでしまいたくなるほど恥ずかしい・・・・・・。あ~あ~あ~・・・。

THE BEY CITY ROLLS『SATURDAY NIGHT』→動画は(こちら

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③ABBA『DANCING QUEEN』

QUEEN『WE WILL ROCK YOU』

超大物グループの低予算で作ったミュージックビデオを紹介。

1970年代の真ん中あたりではだんだんミュージックビデオみたいな?映像が見られるようになるのですが、その多くが野外でのライブ映像でしたね。

 

まずはスウェーデンのスーパーグループABBA。英語で歌って、ヨーロッパ人ならアイルランド人でもオランダ人でも英国POPにカウントされるのですが、こんな大物の超有名な曲でもこんな低予算でミュージックビデオを作っていたんですね。

ABBA『DANCING QUEEN』動画は→(こちら

もう一つは1年前に映画『ボヘミアンラプソディー』で再ブレークしたQUEENのぜんぜんROCK YOUじゃないミュージックビデオ。なーんか、大学生の自主製作フィルムみたいですよね。こんな超有名な曲がこんな低予算で作られていたなんて!

フレディ・マーキュリーの眼鏡も笑えるけど、ギターのブライアンメイなんて「寒いから早くHOTELに帰ろうよ」、みたいな顔してるし。どこがROCK YOUなのよ??

QUEEN『WE WILL ROCK YOU』→動画は(こちら

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④THE BUGGLES 『VIDEO KILLED THE RADIO STAR』

THE NOLANS『I’M IN THE MOOD FOR DANCING』

1980年ごろになってくると英国音楽業界、ミュージックビデオ業界も大きく変わってきます。やはり一番大きいのはMTVができたことだとワタクシ的には勝手に思っているのよん。

M.T.V→ウイキペディア

このM.T.Vの出現で時代が変わりましたね。ほぼすべての楽曲にミュージックビデオが作られるようになったのだ。

このあたりから野外ライブの映像は少なくなっていき、スタジオでの撮影、映像作家による凝った演出などが出てくるのだ。アルバムの売上高はミュージックビデオのでき次第でどんどん上がっていき、予算もどんどん上がっていったのよん。

まずはTHE NOLANS『I’M IN THE MOOD FOR DANCING』→動画は(こちら

もう一つが日本のタイトルだと『ラジオスターの悲劇』になっているバグルス、この人はその後大プロデューサーになるのですが、凝った演出、映像がだんだん始まってきていますね。

THE BUGGLES『VIDEO KILLES THE RADIO STAR』→動画は(こちら

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YES 『OWNER OF A LONELY HEARTS』

PINK FLOYD 『ANOTHER BRIC IN THE WALL』

今も昔も世界の音楽の中心は米国と英国だったわけですが、同じ英語で歌っていても少し違うんですよね。黒人音楽の影響とか?

昔、アメリカになくてイギリスにある音楽にプログレッシブロックというのがありました。(わかる??)

クラシック音楽をベースにした高い芸術性があるやや難解な組曲みたいなロックだったわけですが、1980年代になるとこのプログレバンドもPOP路線に変わってきます。

まずはピンクフロイド。この映像は英国の奇才アラン・パーカーが作った劇場用映画の一部なので、ミュージックビデオ用に撮影された映像ではないのですが、うーーん、お金がかかっていますよね。今見ても素晴らしい。

PINK FLOYD『ANOTHER BRIC IN THE WALL』→動画は(こちら

もう一つがYESの大ヒット曲ロンリーハート。

このバンドは1970年代は3枚組なんか出してぜんぜんPOPなバンドではなかったのですが、このミュージックビデオの素晴らしいできもあって、世界中で大ヒットしましたねー。

YES『OWNER OF A LONELY HEARTS』→動画は(こちら

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⑥FRANKE GOES TO HOLLYWOOD『RELAX』

GEORGES MICHEL 『I WANT YOUR SEX』

さて、次にいくつかの国で放送禁止になった問題作をご紹介します。

まずはフランキーのリラックスから。

リラックス、という単語、日本でも使いますよね。はい、肩の力抜いて~、はーーい、リラックス~リラックス~・・・とか。

で、何が放送禁止でいけないの??というと、リラックスして何するの???。。。という歌詞が問題なんですねぇ~。

もっと昔でも放送禁止曲というのはありまして、たとえばフランスのセルジュゲインズブルグ&ジェーンバーキンの曲とか、アメリカのドナサマーの曲とか・・・、この2曲に共通しているのは女性の『あーーーん、うっふーーん♡』みたいな声がエロすぎるという理由なのですが。

このフランキーとジョージマイケルの曲は歌詞がちょっと過激なのよね。

ワタクシ、ずいぶん長い間この曲はリラックスしておクスリやって,  きましたー、みたいな意味だと勘違いしていたのですが、どうやらそのものずばり、イキたい、イキます、みたいな意味らしいのよ。SOCK IT TO ITなんて単語使っているし。お前のレーザービームをぶちまけてくれーーとか言ってるし。映像では皇帝ネロみたいなおっさんがズボン下げてぶちまけてるし。COME、が、きましたーー、ではなくて、イク~~なのよ。まあ、こんな単語学校で勉強する言葉じゃないからわからないよね。(※多分日本でもフランスでも何言ってるかわからないから放送禁止にはなっていないはず)

うーーん、何というお下品さ、ばかばかしさ。さすが英国。日本は性に関する表現が厳しくて、暴力に関する表現はゆるいのですが、ヨーロッパはその反対なんですねー。でもちょっと子供に聞かせるのはまずいよね、いくらなんでも。でも楽曲はビートがきいて素晴らしいのよん。世界中で大ヒットしたし

FRANKE GOES TO HOLLYWOOD『RELAX』→動画は(こちら

その次が一番輝いていたころのGEORGES MAICHEL。

これは映像は全く問題がないのですが、歌詞がそのものズバリ『お前とSEXしたい』『お前が欲しい』『SEXは自然、最高、化学』『SEXばんざーい』みたいなことを連呼しているわけですね。

まあこれは超イケメンのジョージマイケルだから、女の子たちもキャーキャー喜んで許されるのですが、ワタクシみたいなおっさんがこの曲の日本語訳を野外で歌ったらどうなるんでしょうね~~、ちょっと交番まで来てくれる??みたいな。

GEORGE MAICHEL『I WANT YOUR SEX』→動画は(こちら

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⑦DEAD OR ALIVE『YOU SPIN ME ROUND』

BANANARAMA『VIENUS』

1980年代中ごろになるとブリティッシュロック黄金期からパンク時代まで続いていたギターベース ドラムスで作るロックンロールは消えていき、よりPOPでダンサブルなデジタルサンドに時代が変わっていったのだ。

ワタクシはほとんど踊りに行くことはなかったのだが、たまーにレスター近くのHIPPOみたいな店に行くと、店内では大型プロジェクターでダンサブルなミュージックビデオを流していた。田舎者のワタクシはそれをぽかーーんと朝まで見ていたのよん。

まずはBANANARAMA。

この曲、高校ダンス部も使っていたかな?でもこの曲じたいがカバー曲で、オリジナルはショッキングブルーなんだけどね。でも名曲、ノリがいいし。この曲のバックはふんどしで踊るエキストラが出てくるのだが、ふんどしで踊らせるのが好きだねー。

BANANARAMA『VIENUS』→動画は(こちら

DEAD OR ALIVEのころになるとニューウエーブ系とかユーロビート系とか言われるようになるのだが、こんな曲がディスコでガンガンかかっていたのだ。でもピートバーンズの後ろで踊っているタイのダンサーズ、うーーん、どこかで見たような??

DEAD OR ALIVE『YOU SPIN ME ROUD』→動画は(こちら

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⑧FRANK CHIKENS 『WE ARE NINJA』

ワタクシがロンドンに住んでいたころ、深夜の時間帯ではどこのTV局かは忘れてしまったが、ミュージックビデオをちょっと流していた。友人の部屋に遊びに行って、ポカーーンと見ながらビールを飲むのだ。休みの日にはロンドン中心部にある行きつけのCAFEに行った。そこにはMTVが流れていて、飽きもせずに何時間もミュージックビデオをながめていた・・・。

やがて数か月こんなことをして、ワタクシはあることに気づいたのだ。

そのころ、日本に紹介されていないミュージックビデオが英国にはけっこうあったのよん。日本でも、例えばTV番組の『ベストヒットUSA』みたいな番組もあったのだが、あれはアメリカの楽曲が中心で、ロンドンで作られたミュージックビデオは大物バンドや有名なミュージシャンのTOP20しか出ていなかった。

しかしロンドンに住んでみると、けっこう英国限定のアーティストであったり、新人であったり、いろんなミュージックビデオがあったのね。インディーズ系(?)というか、アンダーグラウンド系(?)というか、どれも低予算で作られていて、ほとんどがくだらねー作品ですが、たまにおもしろい作品もあったのよん。

このFRANK CHIKENSを初めて見た時はびっくらしましたねー。こんな日本人がいるんだ―的に。この時代、英国にはまだ反日感情というのがあって、この時代には戦争で日本軍にひどい目にあった人がいっぱいいたのだ。『ザ・サン』や『デイリーメール』みたいなタブロイド版の新聞にはフツーに「JAP」と書いていたし、日本の皇族が植樹した木はすぐ引き抜かれていたし。バッキンガム宮殿に行く車はブーイングの嵐だったし、そんな時代だったのだ。

英国はユーモアではユーモアで返し、ギャグにはギャグで返すのがソフィスティケートというかお約束というか。このあたりは日本人はあまり上手ではないのですが。

こんなパフォーマンスで英国人を「ふーーん、JAPもなかなかやるんじゃねーか」と認めさせたこのFRANK CHIKENは在ヨーロッパの日本人社会のパフォーマーとしてパイオニアだと勝手にワタクシは思っているのですが、もうちょっと再評価してもいいんじゃない?ダメ??

FRANK CHIKEN『WE ARE NINJA』→動画は(こちら

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⑨?????????????????

さて、最後に少し日本と関係があるミュージックビデオを2本紹介。

このミュージックビデオには着物を着た日本女性と日の丸のふんどしをした男性が出演しているのだが(※ワタクシではありません)この人たちはワタクシがかつて働いていたレストランの元同僚の人たちなのだ!

なぜミュージックビデオに出演することになったのか簡単に説明すると・・・、そのころワタクシが働いていたのはロンドン西部にあるHILTON系のHOTEL内にある大型高級レストランで、サービススタッフの女性は全員着物着用、男性は全員スーツか蝶ネクタイというレストランだったのですが、BBCから近いこともあってTV関係者や芸能関係者のセレブなお客様が多かったのよん。

そんな常連客の中にミュージックビデオ制作会社の人がいて、レストランのマネージャーに『今度ミュージックビデオのエキストラの仕事があるんだけど、元気のいい日本人の若者を貸してくれないかな?』と相談したのがそもそもの始まりらしいのね。

この時代、ロンドンで役者として活動していた日本人ってほとんどいなかったんじゃないかな?映画やミュージカルに出演していた日本人って聞いたことがなかった。

ふつう、映画やTV番組で日本人役をやっていたのは、ほとんどが英語ペラペラに中国系英国人の役者さんだったのですが、なぜ演技経験のない素人の日本人を使ったのか??

ワタクシは、監督さんが一番最後のオチの部分を重視してネイティブな発音の日本語が欲しかったんじゃないかなー??と勝手におもっているのだよ。

オチで、ロンドンなまりの英語で

『ふぁいやーー、ばーにん、ばーーーーにんぐーー』

などど言ってはおもしろくならなかったのだよ。たぶん・・・・。

さて皆さん突然ですがここで問題です。よーく考えてね。

【問題】

以下のキーワードを使って、日本お呼び日本文化を4分以内で説明してください。

  • 大和屋
  • もち
  • 恋の盲目
  • クローン戦争
  • 江戸
  • 愛情
  • 甘酒
  • 富士

ふっふっふっ チミにわかるかなーー??

チ、チ、チ、チ、チ・・・、3・・・、2・・・、1・・・プ―――、

わかった???

えーー??全然わからないの?×××××××××××××××

この問題ができない人は動画を見ちゃダメ。

答えはこちら『DONT MISS IT』

へっへっへっ、くだらなさすぎて脳みそが溶け出しても知らないぜぃ!

→動画①(こちら

→動画②(こちら

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☆新春特別企画☆《満》ちゃんのどーでもいい話~1970・80年代 英国POPミュージック作品集~

でした。

ちゃんちゃん。

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