皆さん―、お久しぶりでーす。
去年はアメリカ軍地区、ユタビーチとオマハビーチに行ったのですが(レポートは→こちら)、今年は英国軍地区、ゴールド,ジュノー,スウォードビーチに行ってきました!
本当は6月6日前後に行きたかったのですが、6月はアルザスマラソンに行ったりするから、少し早めに5月になったのよん。
まずは5月12日日曜日の9時08分にPARIS ST.LAZARE駅からBAYEUXまで2時間12分の旅です。
いろいろ本を読んで予習をして、グワーッと寝て11時20分にBAYEUX着。
この街は駅前から個人や小グループ用のノルマンディ上陸作戦ミニバスツアーが出ています。時間のない人にはいいかも。でもけっこう値段は高いよ。(半日で350ユーロ、一日で500ユーロくらいかな?)
さて、さっそく海に向かってGO !駅から海まで15㎞程です。
これは途中のVAUX- SUR-AUREの街の橋にあったプレート。
1944年6月6日23時50分に橋を解放した、と書いてあります。
ここは英軍の上陸地点から20㎞ほど内陸ですが、7時30分から上陸して16時半かかってここまで侵攻したわけですね。
街には戦死した英軍兵士の写真が貼られています。
この写真は英軍地区が終わるまでず―――っとあったのですが、どのくらいあったでしょうね・・・?英軍、カナダ軍で戦死が1944年6月6日だけでざっくり1500人くらい、全体だと数万人になるのですが、全員の写真を張っているのでしょうか??けっこう女性兵士もいましたね。
去年行ったアメリカ軍地区にはこんな写真はなかった・・・。75年たっても決して忘れないヒーローですよ。
さて、まず今日一番目の目的地、LONGUES-SUR-MERの砲台へGO!
ここにはかなり保存状態のいい砲台が4台あるのだ(ちなみに入場無料)。
うわー、すげー、でかいねーー。
これが155㎜砲・・・。
この大砲、約20㎞弾が飛んでいくそうです。
アメリカ軍地区のオマハビーチと英軍地区のゴールドビーチは16㎞程離れているのですが、その理由は途中にこの砲台があったからなんですね。
うわー、ほとんど無傷、完全な状態。
でもここでワタクシは少しおもしろいことに気づいたのだ。こういうドイツ軍のバンカーはどこでも同じようなタイプで、厚さ2Mのコンクリートでがっちり守られているのですが、正面の攻撃はできても旋回角度が小さいから真横には攻撃できないのだ。
つまり真横にあったオマハビーチやゴールドビーチには横から上陸されたら攻撃できないわけね。
去年行ったアメリカ軍地区のLA POINTE DU HOCの砲台なんかめちゃめちゃバキバキに空撃されているのですが、このLONGUES-SUR-MERの砲台は無視されているようで笑える・・・。まあそのおかげでこんな無傷で完全な状態のバンカーが見れるわけなんですよ。
さて、その次はMULBERRY(マルベリーズ)作戦があったARROMANCHESへGO!
このあたりの風景はずーーっとこんな感じ。黄色と緑とブルー。
こんな景色の中をひたすらチャリチャリ。
ARROMANCHESが見えてきた。
ここはノルマンディ上陸作戦のD・DAYには戦闘はなかったのですが、ものすごく重要な上陸補給作戦MULBERRY.Bがあった場所なのだ。
MULBERRY作戦→(ウィキペディア)
動画は→(DSC_1461)
うーん、これを日本的に説明するとどういったらいいんでしょうね?
まあ例えば、大砲やバンカーで守られた東京湾や横浜湾を避けて、千葉の九十九里浜に人工港を数日で作って連合軍が上陸してきた・・・みたいな・・・???
これが上陸用の桟橋の残骸。
うわー、近くで見ると大きいよねー。
写真で見るとマルベリーズ作戦ってとんでもなく巨大な作戦なのですが、残っているのはほんのごくごく一部だけ。それでも近くで見ると大きいよねー。今日の干潮が11時くらいだからギリギリセーフ。満潮だと近づくことはできません。
これがメインストリートと記念館。入ってみたかったけど時間がないのでパス。
ここで海を見ながらお昼ご飯。
うーーーん。おいしい~~。しみじみおいしいぜい。
雪山もいいけど、海で食べるおにぎりもおいしいねぇ。
このあたりは皆さんパラグライダーをやっています。
ご飯を食べている間にはしけは波にのまれてしまいました。
さて、ご飯も食べたし、いよいよ英軍の主力が上陸してきたGOLD BEACHに向かってGO!
GOLD BEACH→(ウィキペディア)
VER-SUR-MERの街には上陸作戦を説明したボードがありました。
行ってみて初めてわかったのですが、英軍の主力が上陸してきたGOLD BEACHにはVER-S-MEERの街以外はほとんど家がありません。海には堤防もありません。
動画は→(DSC_1507)
高潮や台風が来たら水浸しになってしまうような人が住めないような土地です。
こんなところはアメリカ軍が上陸したユタビーチに似ていますが、そんな人家はない土地を狙って英国軍の主力は上陸してきたのだ。
人も住んでいない・・オマハビーチのような高台のバンカーもない・・・。いいところついてきますよねー。
さて、そのあとはいよいよカナダ軍地区のJUNO BEACHへGO!
JUNO BEACH→(ウィキペディア)
GRAVE-S-MERの海岸はGOLD BEACHに接していますので同じような人家がないところですが、ここからも多くの英軍、カナダ軍が上陸しています。
英国首相ウィンストンチャーチル、英国王ジョージ6世、亡命政府代表のシャルル・ド・ゴールもこの海岸からフランスに上陸しています。
シャルルドゴールと言えば、彼の墓があるシャンパーニュ地方には巨大なロレーヌ式十字架が立っていますが、ここにも大きなロレーヌ十字架が立っています。
この海岸のドイツ軍バンカーは、75年間波に砂をさらわれて半分砂の中に埋まっていました。
COURSEULLES-S-MERの街に入ると、漁港があって牡蠣の養殖をやっているのでおいしそうなレストランがたくさんあります。でも立ち食いスタンドはなくて、レストランと直売店しかないのでパス。
ここにはカナダ軍のすべてがわかるJUNO PARCという記念館があります。
これが戦死者のプレート。でもよく見ると第一次世界大戦の戦死者の名前も入っている。
これはドイツ軍のバンカーの上でお客さんに説明するガイドさん。
このバンカーはお金を払わないとは入れません。
でもほとんど砂の中に埋まっているけどね。
漁港を渡って海岸をチャリチャリ~。
このあたりからずーっと海岸線を走れます。
このへんは凧揚げが盛んな土地だなー、と思っていたら違うのね。
ウインドサーフィンの人もいっぱいいます。
このあたりは風が強い土地なのだが、1944年6月6日も強い風が吹いていた・・・。こんなかんじなのだろうか・・??風が強いということは波も高いということなのだろうか・・??
このあたりの街は堤防もない海の横に家が建っています。
古い写真でカナダ軍の上陸の写真を見たとき、すぐ横に家が建っているのを見てびっくりしたのだが→
本当にそうでした。
ワタクシ、日本人だから見ているだけで怖い・・。
このへんは台風とか津波とかないんでしょうか?洗濯物出せませんよ。
このJUNO BEACHのあたりはそんなに砂浜は広くないので、後続部隊が次から次へと上陸してきてかなり混乱したらしい。
そりゃあそうだよねー。
砂浜に戦車が上陸してもすぐに県道まで行ける通路なんてそんなに多くないしね。
しかしこのあたりの海は海藻だらけで波が緑色。で、昆布臭いねー。
またこのあたりから英軍が上陸したSWORD BEACHになります。
SWORD BEACH→(ウィキペディア)
ノルウェーの駆逐艦はルアーブルから出てきた高速魚雷艇にやられてこのあたりで沈没したのだ。だからほんの少しだけだけどノルウェーも連合軍。
ワタクシ、快調にチャリチャリしてたら、何やらへんてこりんな銅像発見。うーーん、何だこりゃ??と見てみると
おーーー、この人の伝説って本当だったんだ――。
いやいやいや、失礼しました。ワタクシ、映画用にオーバーに演出した話だと思っていたのよん。
おまけにBILL MILLINって、本当にD DAYに戦死しているし。
この人は鼓笛隊の人で、バゲパイプで『水色の帽子』『BLUE BONNETES OVER THE BORDER』という曲を吹きながらドイツ軍に向かっていったのだ。
こんな曲もやったのだろうか??
スコットランド行進曲→動画は(こちら)
これはパラシュート部隊だと思うのだが、こんな感じかな?
動画は→(こちら)
英国軍はナポレオンと戦争したワーテルローの戦いなどでもバグパイプを吹いているのは映画で見たことがあるのだが、Ⅾ DAYでも本当にやっていたなんて…、知らなかったぜい。
英国人はこの曲を聞くとアドレナリン全開で
『よっしゃー、やったるぜー』
という気持ちになるのだろうか??うーん、よくわからん。
チャリチャリ~と潮風に吹かれながらOUISTREHAMの街に着きました。
ここは大きな船も入る港で、英国のポーツマスとの間にフェリーもあります。
現在のCASINOは海岸のすぐ横にあるのですが、D DAYにはこのCASINOで戦いがありました。
動画は→(こちら)
これは現在のフェリー乗り場あたりにあった建物かな?
海岸を離れてL’ORNE川を南下すると、フランスで一番初めに解放された場所、PEGASUS BRIDGEがあります。
ここは1944年6月5日から6日にかけてパラシュート旅団とグライダー部隊が風の強い夜中に電撃戦をやった場所なのだ。
ペガサス橋→(ウィキペディア)
この橋の向こう側には記念館と英軍基地があるのですが、もう19時を過ぎているのでパス。
オルヌ川をチャリチャリ~と南下してカルバドス地方の中心 CAENの街に着きました。
ここは6週間も市街戦をやった街なのだ。動画は→(こちら)
丘の上に立つお城は1060年に作られたいかにも戦争用、というお城。
少し離れたところにあるCAENの駅から21時24分発の電車でパリにGO!
車内はガラガラ。一人で4席使って、ビールを飲んでグワーッと寝てパリに着いたの23時20分。
おつかれさまでしたーー。
天気も良かったし楽しかったぜい。
子供のころからのワタクシ的なくだらない、つまらない小さな夢がかなってけっこうHAPPY。
やっぱりね、現地に行ってみないとわからないことっていっぱいいっぱいあるのよね。
本日の弾丸旅行の費用は
PARIS→BAYEAUX SNCFチケット28.50ユーロ
BAYEUX→PARIS SNCFチケット23.00ユーロ
TOTAL 51,50ユーロでした。
本当にこれだけ。今回は一回もお金を使っていません。
それでも食べきれない、飲みきれない旅行でした。
パリからBAYEUXまでは早めにチケットを買えば15ユーロで行けます。
日帰り旅行にはいいよ。
さて、2年間にわたって行ったノルマンディ上陸作戦チャリチャリ旅行ですが、説明するのは難しいよね。各ビーチで全然違うからひとことで説明ができない。
一番いいのは米映画『THE LONGEST DAY』を見ることですが、これはかなり予習しないとわからないよ。まあこれが決定版でしょうね。
英国映画はD DAYを扱った映画はあまりありません。チャーチルだったりジョージ6世だったり、人間にスポットを当てている映画はいくつかありますが。
あまり意味はないのですが、戦争映画の中で最近おもしろいのが韓国映画の例えばこんなの・・・『MY WAY』 動画は→(こちら)
この映画は韓国人と日本人の幼なじみがいろいろあってドイツ軍に入って連合軍と戦うというストーリー・・・・、って、んーなことあるわけね―じゃん、的なストーリーですが。まあこのあたりのばかばかしさがおもしろいんだけどね。
《満》ちゃんの世界遺産、ノルマンディ上陸作戦チャリチャリ旅行でした。
ちゃんちゃん。